2012年01月08日
鮎滝は人工構造物
鮎滝は自然の滝と思っていましたが、

実は、人工構造物でした。
「1643年(寛永20年)新城藩主水野備後守元綱が、
切り出した材木を流す(江戸時代の初期から行われていたようである)のに、
二の滝が障害になっているとの苦情を聞き、
播州の高砂から石切の石工を呼び寄せこれを切り開かせた。
その時、出沢の滝川宗右衛門(地元の代官)が
その石工を引き続き大海村の太郎左衛門宅に寄宿させ、
私費でもって三の滝を切り開かせた。
これにより、滝は高さ一条三尺、幅六間余りとなり、
以来寒狭川を遡上してきた鮎が良く飛ぶようになり、
名称も自然に「鮎滝」と呼ばれるようになったのである。」
鮎滝の由来は、 林道敏さんのHPから引用しました。
昔の鮎滝(三の滝)は赤色で描かれています。

私たちが乗っている岩は、石英閃緑岩といいます。
「石英閃緑岩は,長石や石英の白い結晶の間に、
黒っぽい角閃石や黒雲母の結晶粒が点在し、
磨耗して丸くなった岩や風化した砂はしばしば真っ白に見える.
石英閃緑岩は、露頭で長期間太陽にさらされると、
わずかな膨張と収縮の繰り返しにより、
結晶粒の間に亀裂が生じて、風化が進行しやすくなる.」
若干の亀裂が縦、横に入っていますが、
この岩を火薬や人力で砕くのは、大変そうですね。

岩のことは、藤田 崇(大阪工業大学名誉教授)のHPを引用しました。
花崗岩も、閃緑岩も親戚です。
左から花崗岩、閃緑岩、はんれい岩、かんらん岩。
色の違いは分かりますね。

実は、人工構造物でした。
「1643年(寛永20年)新城藩主水野備後守元綱が、
切り出した材木を流す(江戸時代の初期から行われていたようである)のに、
二の滝が障害になっているとの苦情を聞き、
播州の高砂から石切の石工を呼び寄せこれを切り開かせた。
その時、出沢の滝川宗右衛門(地元の代官)が
その石工を引き続き大海村の太郎左衛門宅に寄宿させ、
私費でもって三の滝を切り開かせた。
これにより、滝は高さ一条三尺、幅六間余りとなり、
以来寒狭川を遡上してきた鮎が良く飛ぶようになり、
名称も自然に「鮎滝」と呼ばれるようになったのである。」
鮎滝の由来は、 林道敏さんのHPから引用しました。
昔の鮎滝(三の滝)は赤色で描かれています。

私たちが乗っている岩は、石英閃緑岩といいます。
「石英閃緑岩は,長石や石英の白い結晶の間に、
黒っぽい角閃石や黒雲母の結晶粒が点在し、
磨耗して丸くなった岩や風化した砂はしばしば真っ白に見える.
石英閃緑岩は、露頭で長期間太陽にさらされると、
わずかな膨張と収縮の繰り返しにより、
結晶粒の間に亀裂が生じて、風化が進行しやすくなる.」
若干の亀裂が縦、横に入っていますが、
この岩を火薬や人力で砕くのは、大変そうですね。
岩のことは、藤田 崇(大阪工業大学名誉教授)のHPを引用しました。
花崗岩も、閃緑岩も親戚です。
左から花崗岩、閃緑岩、はんれい岩、かんらん岩。
色の違いは分かりますね。






