2010年04月25日
芭蕉が訪ねた伊良湖
渥美半島の伊良湖ガーデンホテルの近くにも
松尾芭蕉の句碑があります。

「鷹ひとつみつけてうれし伊良湖崎」愛弟子杜国の傷心を慰めようと越人を
伴い保美に杜国を尋ね馬を並べてこの地に清遊した時に詠んだ句。
この少し前には豊橋(吉田)にいたよーな。

湊神明社「寒けれど二人旅ねぞたのもしき」芭蕉が芳野紀行の途中で越人を伴い、
保見(現渥美町)に杜国を訪ねるべく吉田宿に泊まった時の句。


その小山の上には
もう一つ前碑も残っていました。
松尾芭蕉の句碑があります。
「鷹ひとつみつけてうれし伊良湖崎」愛弟子杜国の傷心を慰めようと越人を
伴い保美に杜国を尋ね馬を並べてこの地に清遊した時に詠んだ句。
この少し前には豊橋(吉田)にいたよーな。
湊神明社「寒けれど二人旅ねぞたのもしき」芭蕉が芳野紀行の途中で越人を伴い、
保見(現渥美町)に杜国を訪ねるべく吉田宿に泊まった時の句。
その小山の上には
もう一つ前碑も残っていました。
2010年04月25日
豊田珍比古
さわやかウォーキングに参加して、「豊田珍比古(とよだうずひこ)」さんと知り合えました。
豊田さんは郷土史家で「東三河郷土雑話」の著者です。

豊田さんは明治15年に八名郡船着村吉川(現新城市吉川)に生まれ、豊橋で郷土史を研究し、この「東三河郷土雑話」は昭和30年代に中部日本新聞に連載していた内容を出版していたものを、50年の歳月を経て、「春夏秋冬叢書」が復刻したものです。
さわやかウォーキングでは「吉田宿東惣門」、「西惣門」を知ったのですが、「吉田宿惣門」として、記載されていますので、紹介します。
「徳川時代、吉田宿は通り十二ヶ町といって、西から数えて船町、田町、坂下町、上伝馬、本町、札木、呉服、曲尺手、鍛冶町、下モ町、今新町、元新町の十二ヶ町で、その坂下町と上伝馬の間に西惣門があり、下モ町と今新町の間に東惣門があって、その中の七ヶ町を宿内といい、この門は明け六つに開き、暮れ六つに閉じた。そこには番所があり藩士が常駐して非常を警めたものであった。」
とあります。
西惣門

東惣門

豊田珍比古さんと巡り合わせてくれた さわやかウォーキングと 旬彩☆楽市「豊川堂さん」に感謝。

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豊田さんは郷土史家で「東三河郷土雑話」の著者です。
豊田さんは明治15年に八名郡船着村吉川(現新城市吉川)に生まれ、豊橋で郷土史を研究し、この「東三河郷土雑話」は昭和30年代に中部日本新聞に連載していた内容を出版していたものを、50年の歳月を経て、「春夏秋冬叢書」が復刻したものです。
さわやかウォーキングでは「吉田宿東惣門」、「西惣門」を知ったのですが、「吉田宿惣門」として、記載されていますので、紹介します。
「徳川時代、吉田宿は通り十二ヶ町といって、西から数えて船町、田町、坂下町、上伝馬、本町、札木、呉服、曲尺手、鍛冶町、下モ町、今新町、元新町の十二ヶ町で、その坂下町と上伝馬の間に西惣門があり、下モ町と今新町の間に東惣門があって、その中の七ヶ町を宿内といい、この門は明け六つに開き、暮れ六つに閉じた。そこには番所があり藩士が常駐して非常を警めたものであった。」
とあります。
西惣門
東惣門
豊田珍比古さんと巡り合わせてくれた さわやかウォーキングと 旬彩☆楽市「豊川堂さん」に感謝。
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2010年02月17日
新城市長がどすごいブログへ
新城市長が自身で開設されたどすごいブログに初投稿されました
これまでは,市HP内で運用されていたブログでしたが,自治体関係者の地域ブログサイトへの登場はちょっとうれしいです。
山の舟歌・第2章―新城市長ブログ
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